ボストン留学記


ケネディスクール留学を終えた筆者が新しい挑戦を始めます。
by shinya_fujimura
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NHK朝の連続テレビ小説から学ぶ

NHK朝の連続テレビ小説で、こんなシーンがありました。

終戦直後。日本に駐留している米軍兵4人組がある蕎麦屋さんを訪れます。
腕に自信がある蕎麦屋のあんちゃん。自信を持ってお蕎麦を出します。
4人組のうち何人かはさもおいしそうにそのお蕎麦を食べていました。

しばらくたち、4人は席を立ち他の座席に移動して団欒を始めました。
あんちゃんは食器を下げにテーブルに向います。そして目に入ってきたのは、
ほとんど手に付けられていないお蕎麦でした。

あんちゃんは屈辱を感じます。自信を持って差し出したお蕎麦です。
そのお椀を手にとって、既に別の座席に移った米軍兵に「もういらないのか?」と尋ねます。―「もういらない」

一触即発の雰囲気でしたが、あんちゃんは踏みとどまるのでした。

その後、4人組は腕相撲を始めます。
あんちゃんは裏の調理場に戻っていましたが、そこに米軍兵のうちの一人がやってきてこう言います。
「一緒に腕相撲やらないか?」

彼らは軽い遊びのつもりだったかもしれません。
しかし、あんちゃんは「絶対に負けられない」という表情で、受けて立ちます。

最初は劣勢のあんちゃん。しかし粘りに粘って、見事米軍兵を腕相撲で下したのでした。

負けず嫌いであること、誇りを持つことは、一種の才能なのかもしれません。
忘れてしまったかもしれない何かを思い出させてくれる、そんなシーンでした。
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by shinya_fujimura | 2011-08-18 11:47 | 人づくり試論

オバマ大統領のテスト重視政策

今週後のEconomistに、こんな記事がありました。

No Child Left Behind
Testing Times


No Child Left Behind というのは、ブッシュ前大統領が10年前に打ち出した政策。その言葉の通り、どんな子どもも置いてけぼりにはしないという政策です。その具体的な意味合いは、2014年までに100%の子どもがその年齢に応じた適切な数学及び読解能力レベルを達成することを目指すというものでした。理念自体はすばらしいもので、おそらく反対する人は少ないでしょう。実際、制定当時は与野党問わず支持されたそうです。オバマ大統領もこの政策を引き継いでいます。

しかし、すばらしい理念も、いざ具体化しようとすると様々な問題が露見することがあります。例えばこの政策であれば、こんな疑問が生じます。

「適切なレベル」とはどうやって測るのでしょう?

測ろうとすると、何らかの数的指標が必要です。教育において数的指標とは、テストを意味します。すなわち、この政策は「テスト重視政策」と読みかえられがちなのです

また、どうすれば子どもたちのテストの点数が上がるかも、必ずしも明確ではありません。数学や読解の授業の時間を増やせば良いのでしょうか?先生の再教育をすれば良いのでしょうか?テストで良い点数を取ることに、何らかのインセンティブを付ければ良いのでしょうか?付けるとしたら、生徒に?先生に?親に?

政府、特にアメリカの場合連邦政府に出来ることは限られています。オバマ大統領は、成果を挙げている州に対して、補助金という金銭的インセンティブを与えるという政策をとっているようですが、悲しいかな、82%のアメリカの公立校は、2014年までに求められている水準を達成できない可能性があるそうです。また、要求水準を上げると逆にテストの点数が落ちるという結果になった州もあるようです。すなわち、「すべての子どもが十分な数学能力と読解能力を身に付けられるようにする」という、誰もが賛同しそうな理念。その理念の下の政策が空回りしているのです

Race to the Top
トップへの競争

それがオバマ大統領の方針であり、テスト重視の政策を生みだしました。その政策がいま、未達成となる危機に直面しています。Economistが、Testing Times と言っているのはそのことをかけているのでしょう。つまり、テスト重視政策自体が、テストの時期を迎えているということです

私たちが本当に達成したいことは何なのでしょうか?そのために有効な手段とは何なのでしょうか?
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by shinya_fujimura | 2011-08-15 12:07 | 人づくり試論

甲子園の名言集 「明日は投げられません」 松坂大輔

夏の高校野球も真っ盛り。

今日の第4試合は選抜準優勝、福岡代表の九州国際大付属と、岡山代表の関西高校が対戦した。

この試合は屈指の好ゲームとなった。

先制した九州国際大付属に対し、関西はすかさずその裏、チーム初安打となる4番のソロホームランで1-1とする。8回裏には1点を勝ち越し勝利目前。

しかし勝利の女神はイタズラだ。9回表、九州国際大付属のクリンナップが本領発揮。3番と5番で1点を返し同点に追いつく。試合はそのまま2-2の同点で延長戦へ。

延長11回を終えて、九州国際大付属のエースは150球を超えていた。迎えた12回の裏、剛球の右腕エースはマウンドを降り、11番をつけた軟投派左腕がリリーフする。

そして迎えた先頭打者。フォアボール。送りバントとワイルドピッチでワンアウト1塁3塁。迎えた関西高校4番の当たりはセカンドゴロ。タイミングはホームタッチアウトとも思えたが、3塁ランナーがうまく滑りこみホームイン。これがサヨナラ打となった。

もし、エースがそのまま投げ続けていたら

誰だってそう考えずにはいられないだろう。昔の高校野球であれば、球数が増えたからといって交代することはあり得なかったかもしれない。その流れを決定的に変えたのは、あの伝説の大投手、松坂大輔の一言だった。

明日は投げられません

最後の夏の準々決勝。松坂率いる横浜は宿命のライバル、PL学園と対戦。延長17回の末、横浜はやっとの思いで競り勝った。その試合終了後、記者団に語ったのがこの言葉だった。

その予兆はあった。甲子園で燃え尽きてしまう好投手が多かったことを反省として、故障するまでエースに投げさせることを良しとしない風潮が芽生えつつあった。2年前、花巻東高校の菊池雄星投手も、準々決勝で故障し、準決勝は投げなかった。

そう考えると、九州国際大付属のエースがマウンドを降りたのは不思議ではないし、本人の将来のためにも必要なことだったかもしれない。

10年後、選手たちの胸には何が去来するのだろうか。

どんな結果であれ、それはきっと人生を支えてくれるに違いない。
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by shinya_fujimura | 2011-08-11 19:32 | 多事奏論

高校野球という教育

今年も夏の高校野球が始まりました。

我が愛媛県の代表、今治西高校は開幕試合に登場。序盤0-3とリードされるものの、集中打などで逆転。一時は6-4とリードして9回を迎えました。9回表に逆転を許し、結局6-7で敗れたものの、開幕試合にふさわしい熱戦を演じてくれました。

野球部に限らず、部活動には「教育」という要素が大きいのは確かでしょう。
高校野球(もっといえばアマチュア野球)も「教育」を重視する立場から、商業主義的なプロ野球の介入を阻んできた経緯があるようです。具体的には、プロ野球の経験者が高校野球の監督にはなれないといった具合です。

もっともこの制限ももともとは「実質的には無理」というものでした。その厳しい制限が近年徐々に緩和されつつあり、プロ野球出身の高校野球指導者も増えているそうです。

本来、プロ野球の経験者がアマチュア野球を指導することは、野球界全体に資することでしょう。むしろ今までプロ経験者が一切関与せず、日本の野球が世界レベルにまで向上してきたことの方が不思議かもしれません。

このような背景を踏まえて、野球に限らず、素朴な疑問がわいてきます。

プロ経験者の「商業主義」を排することは、「教育」のために良いことなのでしょうか?

例えば、社会に出て自立して生活していくためには、「商業」とは言わないまでも、社会人としてビジネスをしていくための最低限の経済や経営の教養は予め身に付けておくべきのようにも思えます。

卑近な例で恐縮ですが、私のような人間は高校では高校野球に励み、大学では物理学の勉強に励みましたが、結果として社会人として働き始めた時にはビジネスの「ビ」の字も知らないような状態でした。それははたして良いことなのか、改善すべきことなのか、なかなか答えは定まりません。

むろん、高校野球で教わったこともたくさんありますし、自分の中で大きな糧となっていますから、自分の選択が誤っていたとは思いません。高校野球からは商業主義を排除すべきという理念も、私自身はむしろ好意的に捉えています。

では、高校野球に限らず、部活動で学ぶこととは何なのか。
それでは足りないものとは何なのか。
それを補うための教育はきちんと行われているのか。

このような課題について、これから考えていきたいと思います。
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by shinya_fujimura | 2011-08-08 10:08 | 人づくり試論

ドラッカーに学ぶ次世代ビジネス・パーソンの掟と、入試制度

ドラッカーの名著に、”The Effective Executive” (邦題:経営者の条件)という本があります。この中でドラッカーはこう述べています。

Efficiency と、Effectiveness は異なる

効率的であるということと、効果的であるということは、異なる概念だということです
ではどう違うのでしょうか。

ドラッカーはこう言います。

効率的であるとは、”Doing things right.” すなわち、物事を正しく行うこと。
効果的であるとは、”Doing the right things.” すなわち、正しい物事を行うこと。

です。

何が違うのでしょうか?

効率的に物事を行うと言った場合、その「物事」は与えられています。つまり、進むべき方向性や目標がハッキリと与えられているということです。19世紀から20世紀前半にかけて流行した、工場の能率を高めるテイラーの科学的経営は、まさに与えられた物事を正しく、そして速く行うことを目指していたと言えるでしょう。

一方、効果的に物事を行うと言った時には、そもそもその「物事」が何なのか、各自が考える必要があることになります。ただがむしゃらに与えられたことに真面目に取り組むだけではなく、自ら方向性や目標を設定することが求められます。そしてその方向性や目標を正しく設定すること、それが次世代ビジネスパーソンの鍵になると言います。

実はこの本は1966年に出版されていますから、ドラッカーは今から45年も前にこんなにも洞察に富んだ事を言っていたのです。高度経済成長後、失われた20年を脱することができないでいる日本人には耳の痛い話です。なぜなら高度経済成長時は物事を効率的にこなしていればよかったのですが、いまは効果的に行う必要が生じており、私たちはまだその「効果的」な仕事を十分行えていないように思われるからです。

「効果的」なビジネスパーソンになることはドラッカーの言う Knowledge worker の時代に成功するための必須条件と言えるでしょう。

日本の大学入試制度は「効果的」な人間を育成しているのでしょうか

仮に育成していないとして、かつ、これからの時代にはKnowledge worker が求められるのだとしたら。

ドラッカーの至言は、日本の教育制度に対しても大いなる示唆を持っているように思えてなりません。
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by shinya_fujimura | 2011-08-04 07:12 | 人づくり試論

欧米の日本化 ~新興衰退国の行方~

今週号のEconomistには、衝撃的な表紙が飾られていました。
向かって右側にオバマ米大統領、左側にメルケル独首相が描かれ、2人とも和服を着ています。背景には噴火する富士山。今週号のトップを飾ったのは、

Turning Japanese 日本化
Debt, default and the West’s new politics of paralysis 債務、デフォルトと麻痺する西洋の新しい政治


というタイトル。すなわち、巨大債務を負いデフォルトの危機に直面しているEUとアメリカという二大経済圏の停滞した政治状況を、「日本化」と呼んでいるのです。

日本にとってこれほど不名誉なことはないでしょう。ある人は、「新興国」という言葉に対抗して、EU、アメリカ、日本という、20世紀の先進国を総称し、

Newly declining countries (新興衰退国)

と呼んでいるそうです。

対してこんな記事もありました。

China’s emerging internet giants 中国の新興巨大インターネット企業

自動車や携帯電話の台数ベースでみると世界一の市場。またボストンコンサルティング・グループの報告によれば2015年にはEコマース市場としてもアメリカを抜いて世界1位になるという中国が、世界標準を作る時代もそんなに遠くはないかもしれません。

中国では中国版Googleや中国版Twitterなど、オリジナルのアイディアは国外で発展したものであっても、それを中国人消費者向けに改良することで成功している中国企業がたくさんあるそうです。そういった意味では、中国のローカルな嗜好が世界標準を作っていく可能性があります

一方で中国もすぐに少子高齢化の危機を迎えます。しかもそのスピードは日本を超えてかつて誰も経験したことのない速さになるとも言われています。そのときにはもしかしたら、

China is turning Japanese.

と呼ばれる日も来るかもしれません。

いや、そのときには日本は失われた20年を脱して

China is turning xxx.

xxxには他の国の名前が入っていますように。
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by shinya_fujimura | 2011-08-01 09:27 | 多事奏論