ボストン留学記


ケネディスクール留学を終えた筆者が新しい挑戦を始めます。
by shinya_fujimura
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<   2010年 08月 ( 30 )   > この月の画像一覧


第141号 「効率」は悪か?

「効率」という言葉を生理的に毛嫌いする人がいる。私も不用意にこの言葉を発してしまい、何度も「しまった」と思ったことがある。そういうときは、あからさまなしかめっ面に遭遇することになる。

自分の不用意はさておき、なんでそんなに「効率」という言葉が嫌いなんだろうと思うことがある。「儲け」と結びつくように聞こえるからだろうか。それもまた一つ。ほかにも理由はあるのだろう。

一言で「効率」と言っても、いろいろな意味がある。

例えば、いつもサービス残業が絶えない会社を考えてみよう。
実は、必要のない会議や仕事が多すぎるということもありうる。
そういうとき「効率」的に会議や仕事がこなせれば、1日の仕事はもっと早く終わり、みんなサービス残業なんてしなくても、同じ量の仕事をキッチリこなしたうえで、すがすがしい気分で帰宅できるはずだ。
だったら、「効率」重視した方がいいじゃない?

次に、大赤字の福祉事業を行っている非営利組織を考えてみよう。
無駄な経費を極力削って「効率」化すれば、少しは赤字も縮小して、補助金をもらう額も減らせて、国の財政にも貢献できるのでは?

もちろん「効率」あるいは「利益」重視で本来の福祉事業がおろそかになってはいけないけれど、せめて極力補助金に頼らないで自力で持続可能な事業が行えるよう、削減できる経費は削減できるよう、努力する必要はあるんじゃない? ―――質を担保するために結果的に赤字となることは良しとしても、大赤字を出しても何とも思わない態度は褒められたものではないんじゃない?

もう福祉に使えるお金も限られているのだから。無い袖は振れない。明日から補助金は出せません。そういう日がもう間近に迫っているとしたら?

そういうことを考え始めると、なぜそんなに「効率」という言葉を忌み嫌う人たちがいるんだろうと疑問を感じずにはいられない。

私はただ単に「効率」を提唱するためにこんなことを書いているのではない。根本的な問題は、「効率」を考える人と、そうでない人との間で対話の接点が見いだせないことだと思う

「効率」を提唱する人にだっていろんな人がいる。みんながみんな、「利益」を追求しろだなんて思っていない。ある人は「早く家に帰って家族との時間を大切にしたい」から「効率」的に仕事をしたいのかもしれない。またある人は補助金すらもらえないから「事業を続けていくために」「効率」的に仕事を進めたいのかもしれない。そういう人たちとの対話すらできないほどに「効率」という言葉に敏感に反応し毛嫌いされてしまったとしたら、世の中にあるいろんな問題が解決されない気がしてしまうのだ

「効率」がいやならば、「能率」と言おうか。たしかそういう名前のコンサルティング会社があったような。あるいは「持続可能」にするとでも言おうか。その方が響きが良いかもしれない。単に、「ない袖は振れない」「これ以上続けることは難しい」と言った方が、真意が伝わるかもしれない。

とかく、言葉というものは難しい。

一つの言葉に対して抱くイメージは十人十色。
それを前提にして対話を心がける気持ちさえあれば、もう少し接点が作れるのかもしれない

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by shinya_fujimura | 2010-08-31 13:55 | 多事奏論

第140号 ホリエモンの学歴は高卒?

というブログを読んだ。

なるほど、堀江さんは東大中退だから、最終学歴は高卒だ。でも東大に「入学」したから、堀江さんは「高学歴」だと多くの人が思っている。しかしそのブログの筆者はこう指摘する。本当の「高学歴」とは、楽天の三木谷さんのように、ハーバード・ビジネススクールで修士号を取得しているような人のことを言うのだろう。


これだけだと、「まあそうかなあ」というくらいのものなのだけれど、そのブログがおもしろかったのは、ここから。
要は、日本人のいう「学歴」とは、大学入試の結果でしかないということだ

言われてみれば、そのとおり。
一度東大に入ってしまえば、どんなに留年しても、どんなに悪い成績で卒業しても、「東大卒」として「高学歴」と言われる。だって、中退してもそう言われるんだから。ところが、東大に入ったくらいで得られる知識など、イノベーションを起こす上ではたいして役に立たないだろう。(もちろん大前提として必要とは言いうるから、まったく役に立たないとは言えない)

かたや世界はどうか。修士号に飽き足らず、博士号を取った人材が「高学歴」と言われ称賛される博士号を取ったら就職先が限られてしまう日本とは大違いだ本来、イノベーションを担うのは、それぐらいの「高学歴」をもった人たちなのではないかという気もする

博士号取得者、あるいはポスドク経験者の就職というのはまだまだ課題が多い。だったら自分で始めちゃえば?なんて気軽なことは言えないけれど、埋もれている人材が多いのは確かかもしれない。
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by shinya_fujimura | 2010-08-30 14:44 | 多事奏論

第139号 脱・受験英語② ~How are you doing?~

How are you?

という表現は習いました。では、

How are you doing?

はどうでしょうか。習った記憶がないという方も多いのではないでしょうか。でもすごくよく使いますね。

では、初対面の人に会ったときあなたはとっさに英語で何と言うでしょうか?

“Nice to meet you.”

と言ったりしませんか?
たしかに間違いではないのかもしれませんが、初対面の人であっても実は、

“How are you doing?”

と言うことも多いようです。そして一通り会話を交わして別れるときに、

“Nice to meet you.”

と言ったり、あるいは、

“Nice meeting you.”

と言ったりします。

このような使い方は、もしかしたら受験英語としては記憶にないかもしれませんね。

脱・受験英語でした。
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by shinya_fujimura | 2010-08-29 10:24 | 多事奏論

第138号 ソニー創業者、盛田さんに学ぶ

Sony創業者の盛田さんの著作「Made in Japan わが体験的国際戦略」を読んでいます。20年前に書かれた本だけれども、いまも生きる教訓がもりだくさん。「失われた20年」とはまさに、「進歩のなかった20年」。

1980年代には盛田さんはケネディスクールでも講演していたようです。他にもたくさんの日本人がハーバードに招かれていたと聞きます。いまはその役割は中国に。中国を研究すればスポンサーがつきやすい。実際、中国語話者を対象としたフェローシップ・プログラムもあります。

盛田さんの言うように、戦後の日本企業が従業員を事実上解雇できなくなり、家族経営が生まれたことは、結果としてうまく機能したのでしょう。株主ではなく社員のための会社という考え方も世界に誇るべき日本の経営思想と思います。

しかし、家族というのは「甘え」を許容することも多々あります。勢いがなくなったときに、車輪が逆方向に回転し始めると恐い。「失われた20年」はそういう時代だったのではないでしょうか。

盛田さんが言うように、年功序列・終身雇用の従業員重視、家族的経営は戦後の労働法制によってもたらされたもの。高度経済成長というある意味「異常な状態」があったから維持できたものと言いうるでしょう。

実際、戦前の日本には終身雇用なんてあったのでしょうか。というより、多くの企業にとっては無理だったのではないでしょうか。大恐慌に対してなす術はあったのでしょうか。

そう考えると、終身雇用・年功序列が「日本的経営」の象徴と見る考え方には必ずしも賛同できないような気がします。たしかに世界に類を見ないシステムかもしれないけれど、それもあくまで「異常な状態」だったからこそ、成り立ったのかもしれません。

「日本的経営」の本当のエッセンスを知りたい。
そしてそれを後世に伝えたい。
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by shinya_fujimura | 2010-08-28 13:44 | 多事奏論

第137号 脱・受験英語① ~All set?~

受験英語では習わない(少なくとも私の世代では習わなかった)表現って、たくさんありますよね。そういう類の表現を紹介していきたいと思います。

All set?

街角でよく聞かれる表現です。
例えばレストランで食事を終えたとき、ウェイターがやってきて、

“Are you all set?”

と聞かれたりします。

また、どこかの事務室に書類を持っていき提出したとき、

“Now you are all set.”

と言われたりします。

もうおわかりいただけたでしょうか?
この表現は、「もう終わりましたか?」「これで終わりです」などのような意味で使われます。Game set なんていうのも、同じ系統なんでしょうね。受験英語では習った記憶がないんですが、本当に頻繁に耳にします。
こういう生きた表現の方が、役に立ちますね。

脱・受験英語でした。
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by shinya_fujimura | 2010-08-27 14:05 | 多事奏論

第136号 あの頃はそうだった ~世界に足を踏み出しかけたころ @成田~

ボストンに旅立った日。

私は成田空港第1ターミナル北ウィングにいました。
チェックインを済ませ食事をとり、荷物検査に向かおうとしたときのことです。
ふと、10代とおぼしき10人くらいの日本人の集団と、その中心で何度も Thank you. と語りかける外国人が目に入ってきました。ホームステイだったのでしょうか、キャンプだったのでしょうか、皆とても仲がよさそうです。そして、片言の英語で最後の別れを惜しんでいました。異国の友人と話したい。だから英語を学びたい。そんな想いを皆が抱いているようでした。

あ、この感じ。どこかで。

それは19歳のとき。初めて海外に飛び立つ瞬間でした。
私もそこにいた10代の若者たちと同様、ろくに英語を話せませんでした。四国・松山で生まれ育って、18歳で上京。東京で一人暮らしを始めてたった1年。そこからさらに大飛躍して、ニューヨークとボストンに計1ヶ月間の滞在。

成田に着いたとき、不安で押しつぶされそうになっている自分がいました。でもやはり、英語がしゃべれるようになって、世界中の人たちと話したいという気持ちは抑えられませんでした。片言でも、気持ちがあれば伝わるはず。

そこにいた10代の若者たちは、私に初心を思い起こさせてくれました。私は心の中で彼らに語りかけました。

14年前のある夏の日。私もそこにいました。
それは誰もが通る道。
その道の向こうには、まだ見たことのない世界が広がっています。
いまの気持ちを忘れず、その扉を叩いてください。
きっと、出会いと刺激に満ちた日々が待っているはずです。
ときには信じられないことも起こるだろうし、ときには投げ出したくなるようなこともあるかもしれません。
でもその経験1つ1つが、人生を豊かなものにしてくれるはずです。
やらないで後悔することのないように。
たった1度しかない、「いま」というときを精一杯生きてください。

そしてその言葉を、そっくりそのまま、自分にも手向けたのでした。
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by shinya_fujimura | 2010-08-26 07:56 | ケネディスクールでの生活

第135号 ハーバードはあなたに賭けている

こちらに来てから、いくつか脳裏に焼き付いて離れない言葉があります。
その一つをご紹介します。

“We make a bet on you. You on us, us on you.”
「私たち(ハーバード)はあなたに賭けている。あなたは私たちに、私たちはあなたに。賭けている」


そう、これは壮大な「賭け」と言えるでしょう。

ハーバードにとってみれば、私たち学生は卒業生として羽ばたいていく。その卒業生たちが不名誉な行いをすれば、それはハーバードにとっても不名誉なこととなる。
同時に、私たち学生もハーバードに賭けている。人生の大事な時間をここで過ごし、そして過大とも思える経済的負担を負う。すなわち私たち学生は、ハーバードに賭けている。
お互い、その成果がどのようなものになるか、いまはまだ知る由もない。

だから、「賭け」。だから、Participate することを求める。

“Harvard will challenge you and stretch you.”

だからこそ、あなたの価値観を揺るがすような経験、あなたを奮い立たせるような経験を与え、あなたの能力以上のことを要求する。あなたの潜在能力を引き出すために。


そしてこれは必ずしも「勉強しろ」と言っているのではないことは、これまでの記事からも感じて頂けると思います。

世の役に立つ人間を輩出することが使命なのですから。
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by shinya_fujimura | 2010-08-25 11:46 | ケネディスクールでの生活

第134号 授業に「参加」しろ! さもなくば、、、

Be prepared. Participate.

ケネディスクールに来てから何度も聞いた言葉です。
日本だと

「授業で発言しなさい。そのために準備(予習)をしてきなさい」

という感じでしょうか。あるいはそれ以上のことを要求しているようにも聞こえます。

ある教授は、

Participate, or lose your money.
「参加しろ。さもなくばお金を捨てるだけだ」

あまり解説は必要ないかもしれません。言葉の通りです。
ケネディスクールの学費は高いです。年間約4万ドル(約350万円)かかります。その他生活費等も含めると、年間予算は約6.8万ドルにもなります。
日本であれば、東京で一人暮らしをして私立大学の医学部に通うよりも高いかもしれません。

だからこそ、「参加」しなければ、損をするのは自分だよ
と学生に対して語りかけてくるのでしょうか。

もちろん、Participate することは、お金の問題とは関係なく必要です。特に私たち Mid-Career の学生は自らの経験に基づいて貢献するために入学を許可されたという側面もありますから、もはや Participate することは「義務」だということのようです

このようにケネディスクールでは、入学当初からある種のプレッシャーをかけられているように感じました。その理由は次回考えてみたいと思います。
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by shinya_fujimura | 2010-08-24 14:01 | ケネディスクールでの生活

第133号 夏のハーバード界隈 その3

散歩の途中、ケネディスクールのすぐそばにある和食屋さんで、カツ丼を頼んでみました。
結果は、、、

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ううう。。。あまりイケてなかった(涙)

ではボストン側(ハーバード・ビジネス・スクール側)に渡ります。
昨日アップした記事の橋の上からの光景を拡大するとこんな感じ。

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そして川沿いをMITの方に向かって歩き続けます。
途中、鉄橋の下に木でできたこんな橋がありました。
鉄橋の向こうに広がるのはボストンの街並みです。

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そしてこれがMITのシンボル

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さらにMITの側からチャールズ・リバーとその向こうに映えるボストンの街並みです。MITのすぐ目の前にはヨット・ハーバーがあり、ヨットを楽しんでいる人がたくさんいました。

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次回は少しだけ夜の Harvard Yard の風景をお見せします。

(つづく)
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by shinya_fujimura | 2010-08-23 13:15 | ケネディスクールでの生活

第132号 夏のハーバード界隈 その2

チャールズ・リバーのほとりには、こんな風景が広がります。

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つがい。

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随分人に慣れているようで、かなり近くに寄るまで逃げ出しません。
のどかな風景に癒されます。

そしてこれがチャールズ・リバーにかかる橋。
この橋を渡るとブッシュ前大統領の出身校、ハーバード・ビジネス・スクールがあります。

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その橋の上から。

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次回は橋を渡って、川沿いをボストン市内の方に向かって行きたいと思います。

(つづく)
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by shinya_fujimura | 2010-08-22 11:11 | ケネディスクールでの生活