ボストン留学記


ケネディスクール留学を終えた筆者が新しい挑戦を始めます。
by shinya_fujimura
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第94号 ツイッターがグーグルを脅かしうる2つの理由 その2 ~電波少年Tプロデューサーの分析から~

前回の記事はこちら
http://shinyahks.exblog.jp/10882853

ちなみに電波少年の土屋プロデューサーは、こんな分析をしている。

「コンテンツの流れ方は、たき火を囲んで踊り歌うという原始から『1対多』という形だった」これは印刷や新聞、ラジオ、テレビとメディアが発展しても変わらなかった。すなわち一方通行だ。ところがインターネットの登場によって誰もが発信者の権利を得る。「それは誰もが受信者であるということも意味」する。そこで受信者としての情報取得行動が問題となるのだが、まずは「ネットサーフィン」から始まる。しかしこれだとなかなか欲しい情報が得られない。そこで「検索」が登場する。その王者がグーグルだ。
(出所:経済界2010.6.22 p. 83)

土屋氏は次回の記事で、ツイッターの「つながる力」の分析に進むようだが、その話は経済界次回記事を楽しみにお待ちいただきたい。

私はこの「一方通行」->「ネットサーフィン」->「検索」という流れに着目したい。すなわち、「検索」でも受信者としての興味・関心を満たしきれない人たちが、新たな受信者としての情報獲得方法を求める可能性があるということだ。それがツイッター。私はツイッターを情報受信方法として重宝している。

このように考えると、前回の記事で私が感じた違和感は、恐らく①トップページ市場でのシェア侵食、②検索市場(検索回数)の縮小というところに現れる可能性がある。

すなわち、私の場合、ツイッターで自分の興味・関心のあるニュースをキャッチすることができるので、ヤフーニュースを見る機会が極端に減少した。これが①

さらに、1日あたりの検索回数が減った。知りたいニュースやその関連ニュースはツイッターのリンクをたどっていけば十分に見られるので、それ以上調べようとも思わなくなった。これが②

もしこれらの現象がかなりの規模で起きるとすれば、それはグーグルの地位をも脅かすかもしれない。

もっとも、ツイッターユーザー数はまだまだグーグル利用者数には及ばないし、ツイッターはあくまでユーザー登録やフォローといった作業が必要なので、この面倒臭さがツイッター利用の障害となる可能性だってある。したがって現状のシステムを前提とする限り、ツイッターがグーグルを脅かす可能性は低いかもしれない。

そうだとしても、少なくともユーザー・エクスペリエンスという観点から見れば、ツイッターはグーグルにとって代わりうる可能性を秘めているのではないだろうか。
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by shinya_fujimura | 2010-06-30 14:28 | 多事奏論

第93号 楽天についでユニクロも英語公用語化 ~日本人の盲点~ その1

楽天に引き続き、ユニクロも英語公用語化を発表しました。
これに関し、ツイッター上でもブログ上でも様々な意見があふれています。
しかし一言で英語公用語化と言っても、様々な意味合いがあるようです。

① TOEICの点数

まずはTOEIC。日本では英語の能力を測るテストとして、TOEICがよく使われます。今回の英語公用語化の内容の一つとしてもTOEIC700点台のハードルが課されているようです。これに関してはツイッター上でも「なんだ、700点なら大したことないじゃん」という意見が散見されました。実際日本の大企業で活躍されている方にとってはそれが正直な感想なのかもしれないですね。サムスンで必要とされる点数はもっと高いらしいですが。

② 社内文書や社内打ち合わせの英語化

それから社内文書や社内打ち合わせを英語化するというのがあります。たしかに日本語を解さない外国人に仕事の内容が伝わらないのでは意味がありません。社内の外国人比率が増えてくれば半ばそうせざるを得なくなってくるでしょう。

さらに、社内会議の英語化。例えばインド人のビジネス・エリートたちは、インド人しかいないところでインド人同士でも、英語で会話をしていたりします(もちろんいつもではないですが)。そうは言っても、私も日本人しかいないところで社内で英語で話すのはナンセンスだと思います。理由はいたって簡単。著しく効率が落ちるからです。日本語を解せない人が一人でも入ったら、英語に切り替える。その程度で良いのではないでしょうか。

「え、そんなの、日本語覚えさせればいいじゃん。日本の会社で働いているんだからさ」そういう反応も返ってくるかもしれません。たしかにそういう気もしなくはありません。しかしそれには実は落とし穴があります。それについては次回解説させていただきます。

(つづく)
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by shinya_fujimura | 2010-06-29 19:45 | 多事奏論

第92号 揺らぐ「世界の工場」 ~中国経済に関する素朴な疑問 その2~

では、中国が「世界の工場」でなくなってしまった場合、何が起こるのだろう。これが2つめの素朴な疑問だ

中国は「世界の工場」から「世界の市場」へ転じつつあるとの声もよく聞かれる。それは否定できない。実際にIMFは2014年には中国が日本を抜いて世界第2位の消費市場に成長すると予測している(週刊ダイヤモンド2010/06/19)。自動車新車販売台数等、すでに中国が世界一の市場になっているものもある。むしろ疑問があるのは、工場がなくなってしまったら仕事がなくなるわけで、失業者が増えてしまった状況で「世界の市場」としての購買力を保ち続けることができるのだろうかということ。すなわち、日本と同じような産業の空洞化が起こってもなお、中国が「世界の市場」として世界経済をけん引できるのだろうかということだ

この疑問に対する一応の回答は、少なくとも2つ考えられる。

1つは農村からの労働力の供給を増やすこと(その反面として賃金は上昇せず貧困問題は解決しにくいが)により、「世界の工場」たる地位を生き永らえさせ、雇用を確保することにより、「世界の市場」としての地位をも確保できるという考え方だ。ただ、これはあくまで応急措置だろう。しかも、これを可能にするためには農村の生産性を上げて余剰労働力を作り出す必要があるが、そのために中国政府が計画した改革はとん挫しているらしい(日経新聞朝刊6月21日付参照)。

そうなるとやはり根本的な解決としては、よく言われているように「産業の高度化」を迅速に進めるほかはない。すなわち賃金が上昇してもそれを上回る付加価値を生み出す産業を中国に根付かせることが必要と言うことだ。これに関してはいまのところ方策が不十分とは言えないだろう。実際、中国の大学生の就職難は大きな問題となっている。高付加価値を担うべき人材の働く場所がないということだ。

以上を踏まえれば、私の素朴な疑問は、中国経済は「ルイスの転換点」を迎えるまでに「産業の高度化」を達成することができるかどうかという問題に集約される。それができなければ中国が「世界の市場」として世界経済をけん引する状態も、いつまで続くか定かではない。そのとき中国以外に世界経済のけん引力が存在しなければ、世界経済もまた、、、。杞憂に終わればいいのだが。
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by shinya_fujimura | 2010-06-28 22:25 | 多事奏論

第91号 ツイッターがグーグルを脅かしうる2つの理由 その1 ~グーグル社員との会話から~

先日、現在グーグル社員の元同僚と夕飯を食べた。当然ながら、話の一部はグーグル談義となる。そこでフェイスブックやツイッターとの比較の話になった。

まずビジネスモデル論的には、現状の広告モデルを前提とすれば、これら3社は当然競合しうる。フェイスブックやツイッターに広告を載せようとする企業が増えれば、グーグルのシェアを侵食しかねない。

では、ユーザーから見るとどうか。「検索」という機能については圧倒的No.1であることは疑う余地がないし、少なくとも短期的にはフェイスブックやツイッターがこれにとって代わるとも思えない。私もそう思うのだが、若干の違和感を覚えた。それは、私のユーザーとしての行動を振り返ってみると、ツイッターを使い始めてからグーグルやヤフーの検索を使う頻度が減ったように感じているからだ。

問題は、私のようなツイッターユーザーがどのくらいの規模いて、どのくらいの規模でグーグルの使用頻度が落ち、それがどのくらいの規模でグーグルの広告収入に影響を与えるかなのだけれども、それはよくわからない。ただ、よくあるSWOT(Strength, Weakness, Opportunity, Threat)のうちの Threat (脅威)として認識されるべきものとは言えるのではないだろうか。

次回は元電波少年Tプロデューサーのツイッター分析を踏まえてもう少しこの件に関して考察してみたい。
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by shinya_fujimura | 2010-06-27 20:06 | 多事奏論

第90号 デンマーク戦:3点目が入った瞬間

新宿南口のとあるビヤバーで、友人と2人飲んでいた。
そこは30人ほどが入る地下にあるブリティッシュ・パブのような場所。
ビール片手に、みながスクリーンに見入っていた。

デンマークを相手に堂々の戦い。フリーキックで1点、2点。まだ油断はできない。
後半にはPKのこぼれ球を押し込まれ、1点を返される。引き分けでも決勝トーナメント進出とは言うものの、緊張が走る。4年前、オーストラリア戦の悪夢が甦る。

ところが、本田が華麗なドリブルで相手DFをかわし、岡崎にパス。これを岡崎が押し込み、日本代表がダメを押した。この瞬間、最高潮の興奮がみんなを包んだ。

この瞬間、勝利を確信した。
もうその後の試合のことは覚えていない。
頭の中は真っ白だった。
言いようのない想いだけが、胸に込み上げてくる。

一つだった。サポーターも12番目の選手として、選手たちと一心同体だった。

そのとき再発見したこと。
私は、日本が大好きだ。
日本のみんなと幸せになりたい。
暗い話題も多いけど、きっと僕らは乗り越えられる。
がんばろう、日本!
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by shinya_fujimura | 2010-06-26 22:45 | スポーツ

第89号 サッカーW杯日本代表を勝利に導いた、エースの決断

今朝は本当に興奮しましたね!
私は新宿東南口のあるビヤ・バーで30人ほどで観戦していたのですが、会場も大盛り上がりを見せていました。直接FKが2本も決まるなんて。今まで見たこともないようなゲーム。最後の本田の相手DFを交わす魅惑のドリブルからのパスも最高で、あの瞬間、ようやく決勝トーナメント進出を確信しました。いよいよ本田を中心としたチームになってきたなという感がします

思い返せば去年の9月オランダ戦。チームのエースは中村俊輔でした。そこでフリーキックを蹴らせてほしいと中村に向かって主張したのが本田でした

中村俊輔は年が明けてからケガで本領を発揮できず、徐々に出場機会を失っていきました。ドイツW杯終了後、チームを引っ張ってきたのは中村。誰もがエースの復活を期待していたものと思います。しかしそのエースがW杯初戦で日の目を見ることはありませんでした。

エースの交代

それは、監督にとって最も苦渋の決断ではないでしょうか。エースが交代すれば戦い方も変更せざるを得ないのみならず、何よりも士気に影響が出かねない


ここから先は、深読みしすぎかもしれません。

それは、エースである中村俊輔にとっても難しい決断であったと思います。決断するのは監督であって、俊輔じゃないだろう。そういう声もあるかもしれません。しかし、私は彼がケガで休養をとるという行為自体に、彼の決断が含まれているように感じました。

自分の力の衰え、ケガの影響、そして自分が出場することによってチームにかかる迷惑。本人ほど、それを自覚できる人はいないでしょう。そしてチームが勝つことを重視するならば、自分は出ない方がいいかもしれない。そういう考えが頭をよぎることもあるのではないでしょうか。俊輔は試合に出られなかったことについて、こう語っていました。

「(守備的に戦わざるを得ないチームの現状について)W杯で勝つためには、こういう戦い方が必要

私はそこに大人の決断があるような気がしました。俊輔は、自分が入る戦い方がベストでないことを感じていた。それは自分がケガをして本調子でないなら尚更のこと。そこで無理をせず自ら十分休養を取ることで、自分としてもベストの状態で試合に臨むことができる準備を整えつつ、出番を待つ。そうする一方で、恩師でもある岡田監督がW杯でベストの布陣を組むという選択がしやすくなるよう配慮する。つまり、俊輔がケガであれば、代役を立てるのが監督として当然という雰囲気を作る。そんな大人の配慮があるように感じました。

これはすべて、単なる深読みかもしれません。エースとして日本代表を支えてきた中村俊輔の大人の決断。そう感じずにはいられません。

(本記事に関するコメント、ご質問は大歓迎です!)
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by shinya_fujimura | 2010-06-25 17:57 | スポーツ

第88号 誰よりも日本人らしい、本田圭佑語録

日曜日の朝、ある番組で野村克也前楽天監督が本田圭佑についてインタビューを受けていた。野村前監督によれば、本田の金髪は「日本人としてけしからん」ということらしい。いかにも彼らしいご意見だ。

本当に本田圭佑は日本人らしくない、あるいは日本人としての良さを持っていないのだろうか

最近放送されたNHKの特集番組では、今年欧州CL等三冠を達成したインテルミラノの監督は本田のことをこう評していた。

「彼はどんな監督にも好かれる素質を持っている。チームのためにプレーできる選手だからね」
日本では個人プレーに走り過ぎと評されることも多い本田。しかしヨーロッパに行けばチームプレーの選手とされる。それは日本人が誇ってきた日本人の特質そのものとは言えないだろうか。

一方で彼は、日本人にはなかなかない卓越したチャレンジ精神の持ち主とも言える。上述のNHKの番組で、彼はこんな趣旨のことを言っていた。
慣れというのは人間としてすごい能力だけど、成長を止めてしまうものでもある
「僕の人生、リスクばっかりなんでね。リスクはとっていかないと

英語圏では手慣れた仕事のことを comfort zone (=快適な範囲)と呼んだりする。そして、comfort zone を自ら出なければ、すなわち自ら殻を破らなければ成長はない、と。

また、リスクは日本語では「危険」と訳されることが多いけれども、それも正確ではない。リスクとは失敗する危険性と同じくらいの確率で成功する可能性をも孕んだものだ。明らかに失敗の危険しかないものに突っ込んでいくことは、「リスクをとる」とは言わない。それはただの無鉄砲だ。「リスクを取る」とは、「より大きな成功をつかむチャンスに自ら挑む」ことだ

先日ツイッター上でこんなつぶやきを見かけた。
「ないからこそ、生まれる。中国人は礼儀がないから、儒教が生まれた。英米人はずるいから、フェアプレーの精神が生まれた。日本人は勇気がないから、武士道が生まれた

本田圭佑ほど勇気のある日本人はどれだけいるだろうか。彼ほど武士道的精神で殻を打ち破ろうとし、日本人の限界を卓越しようとしている日本人はどれだけいるだろうか。彼が「リスクを取る」姿は非常に武士道的だと感じるのは私だけだろうか。

本田圭佑ほど、日本人らしく、日本人らしい心構え・武士道精神で世界に挑戦している人は、そうそういないかもしれない。そうだとすれば、「日本人としてけしからん」とは、少なくとも私には言えそうにない。

今日もそんな彼の勇姿を楽しみに、午前3時、新宿集合だ!
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by shinya_fujimura | 2010-06-24 17:46 | スポーツ

第87号 揺らぐ「世界の工場」 ~中国経済に関する2つの素朴な疑問 その1~

中国にあるホンダの工場での労働争議や、台湾系でEMS世界最大手フォクスコンの工場での労働者の自殺などが問題となった。一部報道によれば、ホンダの工場では労働者の給料が日本人の10分の1であることに対する不満があり、またフォクスコンの工場では軍隊的規律が重視されるため、若い世代(90後と呼ばれる90年代生まれ)が適応できないことなどがあるとされている。

これと呼応するように、中国の「世界の工場」としての地位が揺らいでいるとの指摘が多々見られる。大きな焦点の1つは農村からの無尽蔵と言われた労働力供給が不足しつつあるのではないかということ。すなわち「ルイスの転換点」と呼ばれる「農村の過剰労働力が尽き、賃金が上昇に転じる点」がいつ訪れるのか(あるいはすでに訪れたのか)ということのようだ。したがって1つめの素朴な疑問は、「中国の労働力人口は既に足りなくなったのだろうか」ということだ

これに関し、英エコノミスト誌はルイスの転換点に到達したという見解と、到達していないという見解の双方を紹介している。結論としては、「まだ」到達していないという方に分がありそうだ。理由として資本も移動できることを挙げている。すなわち、工場を内陸に移すことで少なくとも今しばらくは、ルイスの転換点への到達は遅らせることができると言う

中国全体の賃金が上昇し始めれば、安価な輸出品に頼った「世界の工場」たる地位に異変が生じる可能性が高い。もちろんこれは、よりコスト競争力のある代替生産力の有無に依存する。例えば、ベトナムや南アジアの工場がいまの中国と同水準の生産能力をより安価な労働力で提供できることが前提とはなろう。6月21日付の日経新聞朝刊によれば、すでに繊維・アパレル分野では南インドでの生産が広まりつつあるという。トヨタ等自動車メーカーのインド現地生産の話も聞こえてくる。この傾向がさらに進めば、中国の「世界の工場」としての地位は、コスト競争力の低下を原因として、脅かされることになるだろう

賃金以外にも中国の「世界の工場」としての地位を脅かしつつあるのが、物価の上昇と人民元の切り上げだ。これらが相まって、「世界の工場」は他の国に移る可能性が高まりつつある。

では、中国が「世界の工場」でなくなってしまった場合、何が起こるのだろう。これが2つめの素朴な疑問だ
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by shinya_fujimura | 2010-06-23 18:02 | 多事奏論

第86号 はやぶさ帰還だけを喜んでいてはいけない理由

数日前、日本中がはやぶさの地球帰還に沸いていた。「奇跡」とも報じられた今回の生還。世界初、小惑星の石を持ってかえろうという試みであり、また多くのトラブルに遭ったことを考えれば、地球に戻ってこられたこと自体が輝かしい成功なのだと言う。日本の宇宙開発の夢を膨らませる、素晴らしい出来事だ。

英エコノミスト誌もこの成功を報じている。A blaze of glory (輝かしい栄光)として褒め称えている。ところがこれで終わらないのがエコノミスト。実ははやぶさだけでなく、もうひとつの glory をも報じていた

それは、イカロスと呼ばれるソーラーセイルのプロジェクト。エコノミストによれば、長期的にはイカロスの方が重要性が高いかもしれないと言う。それは、ソーラーセイルが宇宙を航行するもっとも安価な方法になりうるからだそうだ。それは一種の太陽電池のようなものなのだろうか。どうやら太陽から得たエネルギーを推進力にして航行するための装置らしい。

早速JAXAのホームページにとんでみた。
http://www.jaxa.jp/
トップページにはやぶさ帰還の文字が踊る一方、しっかりとイカロスのことが書いてある。6月16日付のプレスリリースによれば、イカロスとは以下のようなプロジェクトなのだそうだ。

薄膜太陽電池による発電の状態を計測し、光子圧を用いた加速及びそれによる軌道制御を世界で初めて実証し、ソーラーセイルによる航行技術の獲得を目指します。

前半は何を書いてあるのかよくわからないが、世界初の航行技術の獲得を目指しているプロジェクトだということはわかる。まさに「世界一」を目指すプロジェクトだ。そしてエコノミストによれば、パネルの大きさが200平方メートルほどあって配備すること自体が至難の業にもかかわらず、見事にそのパネルを広げることに成功したのだそうだ。そしてこれは中長期的に実用化の可能性がある。しかも太陽エネルギーを使うという非常にエコ(倹約+環境に優しい)な航行方法のようだ。

はやぶさだけではない。日本の宇宙技術はこんな夢のある開発も行っていた。どんどんどんどんこのような開発計画が日の目を見てほしい。そうすることでより多くの子供たちが科学技術に関心を持ち、日本の科学技術の将来を担う人材が巣立っていくはずだ

イカロスにも、注目!

(本記事に関するコメント、ご質問は大歓迎です!)
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by shinya_fujimura | 2010-06-22 20:03 | 多事奏論

第85号 タージマハルの、ひ・み・つ ~インド珍道中⑥~

前回の記事はこちら
http://shinyahks.exblog.jp/10832552

タージマハルのあるアグラには昼過ぎに到着した。ホテルにチェックインした後、早速タージマハルに行ってみる。よく写真で見る、あの真っ白な大理石のイスラム系建築。それが次第に視界に入ってきた。写真そっくり、とそのときは感じた。

入口でお金を払い、タージマハルの敷地内に足を踏み入れた。他の観光客のあとを追い、敷地内を進む。ところがこの通路とタージマハルの間は壁で仕切られていて、なかなかタージマハルが見えてこない。しばらく歩いてようやく門のような場所にたどり着く。その門のところに足を運びようやくタージマハルが見え始めたところで、私は声を失った。

遠い。まだタージマハルまでは距離がある。
なのに、タージマハルがあんなに大きく見える。
そばに立っている人たちは豆粒のような大きさにしか見えない。
とにかくデカイ。

吸い込まれるようにタージマハルまで足を運んだ。猛暑の中では歩くのもつらい。しかし、自然に導かれていくように足が動く。傍にたどり着いて再び唖然とした。

高い。てっぺんが見えない。
顔を90度上に向けて必死で見上げる。
こんなにデカイ大理石の建物は見たことがない。
東大寺の大仏なんて、比べ物にならないくらいの迫力だ。

とにかくその大きさに度肝を抜かれた。

世界三大ガッカリというのを聞いたことがある。写真などを見て期待して現地に足を運んでみるとガッカリする観光スポットの代表的なものだ。大抵は「思ったより小さい」とガッカリする。

タージマハルはその逆だ。
写真よりも、かなり大きい。少なくともそう感じる。
タージマハルの写真には人が写っていないことも多いので、比較対象がなくてその大きさがイメージできないのだろう。

今日の教訓⑥:インド人のスケール感を侮ると痛い目に遭う

大満足の一日でした。

(つづく)

(本記事に関するコメント、ご質問は大歓迎です!)
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by shinya_fujimura | 2010-06-21 20:08 | 多事奏論