ボストン留学記


ケネディスクール留学を終えた筆者が新しい挑戦を始めます。
by shinya_fujimura
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第325号 道徳的義務と法的義務 ~カンニングをしないことは法的義務か?~

先日、「公共政策のための政治哲学」という授業についてご紹介しました。その中で、道徳的義務が法的義務のベースになっているというお話をしました。今日はカンニングについて考えてみたいと思います。

まず、以下の命題に賛同しない人は極めて少数ではないでしょうか。

①カンニングをすることは道徳に反する

(ただし新しいカンニング手法を開発したことに感心 というのは、カンニングしないことそれ自体の道徳的義務に関しては何ら言及していないものとします。)

では次の命題はどうでしょうか。

②カンニングをすることは法律に反する

この命題になると、賛否両論出てくるかもしれません。では次はいかがでしょうか。

③カンニングをすることは刑法に反する

ここまで来ると、恐らく否定論の方も増えるのではないでしょうか。すなわち、カンニングをしたことでなぜ逮捕されなければならないのか?という疑問につながってきます。

私は法律の専門家ではないので以下話半分に聞いて頂きたいのですが、私が読んだある法学者の方の解説(ただし刑法ご専門ではない)によると、③は否定されます。すなわち、カンニング自体は犯罪ではありません。そうではなくて、刑法上の偽計業務妨害罪の容疑で逮捕されたということです。つまり、法律の専門家であっても、まさかカンニングが刑法上の犯罪とは考えないということです。しかし、それでも逮捕されてしまうのです。

ここに、法律の専門家の感覚と一般人的感覚にかい離が生じます。「何かおかしいのでは?」と考える人が多いわけです。

このような状態を解消する一つの手立てが、陪審制や裁判員制度なのかもしれません。「何かおかしい」と思うなら、私たち一般市民も積極的に司法に関わっていくべき というのが今回の一つの教訓のように思えます。
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by shinya_fujimura | 2011-03-04 23:57 | ケネディスクールでの学び
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